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この国の総労働熱量をあげるために、 私たちは何ができるのか【前編】
この国の総労働熱量をあげるために、 私たちは何ができるのか【前編】

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これまでmentoは、数千人以上の管理職にコーチングを提供し、彼らが抱える”葛藤”を数多く見てきました。「管理職の罰ゲーム化」とも言われ、疲弊している中間管理職が多数存在するなかで、彼らの消えかけた心に火を灯し、総労働熱量をあげるためには何が必要なのでしょうか。経営学者の宇田川元一さんとmento代表・木村憲仁が語り合いました。

失われた30年で傷つく日本。
その処方箋はどこにある?

木村:バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、日本では「働くこと」が「苦役」と同義になってしまったように感じます。mentoは「コーチングとテクノロジーの力によって日本の主観的ウェルビーイングを世界No.1に」をミッションに掲げていますが、この主観的ウェルビーイングは働くことへの熱量にも大きく影響していると思うんです。それもあって僕らは、「いかに総労働熱量をあげるか」を常に考えています。

宇田川:1980年代の著名な経営学の本には、日本的企業の良い要素はアメリカ企業のなかにもある、といった書かれ方をされているんですね。たとえば、『エクセレント・カンパニー』や『シンボリック・マネジャー』、あるいは『ジャパニーズ・マネジメント』もそう。アメリカ企業にとって日本的企業はお手本になっていたわけです。今とは真逆のように思えますよね。なぜこのような状況になってしまったのかというと、90年代以降の信用不安とIT革命という二重の大変革の時期を経て、日本はずっと負け戦を強いられてきたからです。それによって、日本人はみんな傷ついていると感じます。私は1977年生まれで、いわゆる就職氷河期にあたるマイナスの影響が大きな世代。これまで否定され傷ついた彼らに、「自発性を持って変革せよ」と訴えかけるような昨今の風潮は、「過去の気持ちに整理がついていないなかでも未来の話をせよ」と迫るように思えてならないわけです。

木村:今おっしゃった「傷ついている」という言葉は、日本人が否定に遭い続けてきた結果として自己効力感や自己肯定感が失われている、と僕は解釈しました。個人としても、あるいは組織としても、それを保っていくことができない。しかも、どのように取り戻していったらいいかもわからない。

宇田川:非常に困っていることがあるけれど、それに対して打つべき手がわからない状態。まさに「組織の慢性疾患」ですね。問題の本質がわからないまま、新しいマネジメントツールやコンサルティング施策に飛びつく。しかし、それでは根本的な解決には至りません。そもそもの問題をわかっていないので悲劇が繰り返されてしまうのです。

木村:宇田川先生が書かれた『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』にも通じる話ですね。

宇田川:ええ、まさにその本を書いてあらためて思ったのは、ここで指す「変革」とは一体何を変えるべきなのか、ということです。私は「企業に生きている物語(ナラティブ)の再構築」ではないかと考えました。社員の各々が自らの狭い範囲から「仕事」を捉え、定められた目標を達成するだけになると、ナラティブはより断片的になります。それでいて、会社全体の調子も決して良くはないとなれば、変革を進める立場の人の元気も出ない。つまり、フォーカスすべきは個人の立て直しよりも、株主を含めた「組織のケア」なんです。会社のなかでビジネスの勝ち筋や仕事の意義を再構築できれば、個々人が元気になる素地も生まれてきます。

企業変革のためには、
まずは「苦労」を取り戻す。

木村:組織の慢性疾患が続いた先に僕らがよく見る光景として、 わかりやすい組織の問題に目を向けすぎることが起きている気がするんです。たとえば、「この部署は上司がマイクロマネジメントだからダメなんだ」といったスケープゴートが用意されてしまう。構造に目を向けるより悪者探しが過熱しやすいと言いますか。

宇田川:構造の問題に触れると地獄の釜の蓋が開くような感覚もあるのでしょうね。だから、わかりやすくそれらしいものが見つかるとあげつらってしまう。ただ、私自身が企業を観察していて思うのは、どうも何年か経つとそういった状況にも飽きる時期が来るんですよ。「こんなことしていても何も変わらないじゃないか」とね。そんなふうになったらチャンスです。自分たちのしていることを俯瞰で見られるタイミングですから。ただ、飽きが来るまで時間がかかりすぎると深刻な問題も起きるので、先手としてのケアが必要なんです。

木村:そこがまさにコーチングの出番だと思っていまして。個人ごとに現状をメタ視点から捉えて、「これからの5年先がどうなるのか」といったことに思考を巡らせる必要があります。そこから「この現状を変えるには自分が動くしかない」と腹を括る人が出て、組織内に対話が生まれ始めていきます。コーチングという第三者の力を借りながら変革に向けたリーダーシップを人為的に起こしていく。そうしたほうが、研修などを通じた新しい知識の習得よりも、企業変革にかかる時間の短縮にもつながるのではないか、と思っています。

宇田川:研修などによってショートカットを図ってしまうことで、まずは当事者たる社員たちが「現状の問題とは何か」を捉えるという、最も大事な苦労がスキップされがちになってしまうのですよね。私は「ナラティブ・アプローチ」など対話の実践について、精神障がい福祉の現場を今でもフィールドワークしているんです。そこで見聞きした考え方の一つとして、精神障がいにあたっては診断に応じて投薬治療が半ば受動的に当てはめられていきやすい、といった状況があるがゆえに、精神障がい者は「自分が何に困っているのかわからなくなってしまう」と言います。言い換えると、彼らは“ちゃんと苦労できない状態”です。大切なのは、自分自身で人生の苦労を取り戻せることにある。そのとき、支援者の存在が大きな意味を持ちますが、支援者は精神障がい者が苦労しないように働きかけるのではなく、本人が苦労と向き合えるように援助するほうが良いでしょう。

後編に続きます。

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